実際、戦後ほぼ一貫して日本の地価は上昇した。
その原因は、後から考えれば単純である。
開発した技術であった。
大航海時代初期の航海が、ポルトガルとスペインの王室によって賄われたのとよく似ている。
しかし、巨大なコンピューターが小さいパソコンとなってすべての人に行き渡り、それがインターネットによって結ばれるIT革命は、旧い時代の権力者ではなく、シリコンバレーのベンチャー企業によって遂行された。
20世紀のベンチャー企業は、まさに、17世紀の東インド会社と同じ役割を果たした。
「新しい経済」は、新しい主役が担うのである。
そこに、IT革命である。
IT革命は、人間を土地の呪縛から解き放とうという革命である。
太古の昔から、人間は、土地という有限の資源を巡って争ってきた。
地味の豊かな農地、眺めのいい高台の邸宅地、交易の要衝都市などなど。
どのような土地の上に住むか、どれだけ広い土地を持つかは、人間の幸福にとって決定的な要素であり続けた。
それが、今、根底から覆されようとしている。
IT時代は、経済成長がただちに地価の上昇に結びつかない時代である。
私たちは、メールをしている間、一貫して経済成長が続き、一定面積の土地から得られる収入がそれに連れて増加したからであり、しかも、人口が増加したからである。
地価の著しい上昇は、人と企業が集中した都市部に限った現象で、過疎化によって無価値になってしまった土地もあったであろう。
経済成長が続いたということは、1人ひとりはバラツキがあっても、日本人の稼ぎの合計たるGDP(国内総生産)が増え続けたということである。
そして、その稼ぎは都市部に集中していた。
都市部の地価の上昇は、農村からやって来た人たちが一生懸命働いた成果であった。
都市部に土地を持てば、自分はサボっていても、他の多くの日本人の稼ぎの増加に便乗して、資産の価値を増加させることができたのである。
そういうことが40年も続いたので、日本人は、蓄財と言えばまず不動産を考えるようになってしまった。
使って、用件だけではなく、感情やニュアンスを伝えることができる。
通信速度が増せば、画像、音声などを組み合わせ、さらにこまやかな意思の疎通が可能になるであろう。
そうなれば、わざわざ同じ場所に出向いて膝を突き合わす必要が減り、集中して住む必要が薄れる。
現在は過渡期であるから、インテリジェントビルが足らなくなったり、シリコンバレーの住宅価格が高騰したり、ITが人の集中を招く現象が見られる。
フコイダンの利用者増加による価格低下にもかかわらず「価格よりフコイダンの質を優先させる」という利用者の声はいまだに後を絶たない。
